弁護士コラム

憧れの存在

弁護士 土居 聡

青い鳥/重松清

「先生は・・・どっ、どどどっ、どどどもります。」

「あんまり、じょ、じょうずにしゃべ、べっべっ、べれません。」

「ででっ、ででっで、でで・・・も、本気で、しゃべります。」

「先生がしゃべるのは、本気のこっ、ことだけ、でででっ、です。」

村内先生は、か行・た行・濁音がうまくしゃべれません。でも、村内先生は、吃音を背負って様々な中学校を渡り歩き、本気で生徒に語りかけ、本当に大事なことを教えてくれる国語の先生です。

野口くんがイジメにあい、中学校を去った後に、そのクラスを受け持ったのが村内先生でした。野口くんの机や椅子はすでに教室内から無くなっていましたが、村内先生は机と椅子を元あった場所に運び入れ、毎朝ホームルームの時にその生徒の名前を呼びます。

生徒から、「ぼくらに罰を与えてるってことなんですか?」と問いかけられれば、

「責任だ。」

「忘れるのは、ずっ、ずるいだろ?」
と応えます。

 

現代であれば、モンスターペアレンツと呼ばれる一部の保護者から非難ゴーゴーかもしれません。

「イジメがあったことは早く忘れ去られるべきだ。学生の本分は勉強だ。」

「生徒に重い心理的負担を負わせて、先生としての資格がない。」

そうまで言われるかもしれません。

でも、村内先生が考えていることは、そんな表面的なことではないのです。ひとりぼっちになってしまった野口くんに寄り添う、それが一番大切なことなんだというテーゼのもとに話は進んでいきます。

「だだだだから、先生は、くっ、クラスでいちばん、あの子の、こっことを、たたたっ、たいせつに、してやるんだ。」

「野口くんはいなくても、みんなはいるから。みんなの前で、野口くんを、たっ、たいせつにしてやりたいんだ。」

「野口くんは忘れないよ、みんなのことを。一生忘れない。」

「恨むのか憎むのか、許すのか知らないけど、一生、ぜっ、ぜぜぜっ、絶対に忘れない。」

「じゃあ、みんながそれを忘れるのって、ひきょうだろう?不公平だろう?」

「野口くんのことを忘れちゃだめだ、野口くんにしたことを忘れちゃだめなんだ、一生。それが責任なんだ。罰があってもなくても、罪になってもならなくても、自分のしたことには責任を取らなくちゃだめなんだよ。」

こうして、村内先生は、生徒に本気で語りかけ、生徒が真意を悟ったころに、また別の中学校へ去ってしまうわけです。

これはあくまで物語であり、現実とは違います。

でも、こんな先生が居てくれたら、人は非行に走ったり罪を犯したりしないようになるのではないかと思います。

今年の夏休みに、文庫本を一気に40冊程度買い込み読みふけりました。その中でも、

  • ひとりぼっち
  • 寄り添う
  • 大切なことは何か

ということをテーマに据えたこの「青い鳥」は考えさせられることが多く、またもっとも他の人に読んでもらいたい本として、印象に残りました。この本を読み進めていくと、自分に欠けていた「何か」(=すごく大切なこと)に気付くことができます。

今回、エッセイでこの本を紹介しようと考えたのはこうした理由からです。

著者である重松清さんは、文庫本のあとがきで、

「初めてヒーローの登場する物語を書きました――と言っても、きっと多くのひとは納得してくれないだろう。」

「憧れの存在というのがヒーローの定義なら、村内先生は確かにヒーローではないのだろう。お話を書いた僕自身、彼に決して憧れているわけではないのだから、始末が悪い。」
と述べています。

しかし、本気のことだけをしゃべり、諭してくれる村内先生は、僕にとって憧れの存在であり、やはりヒーローに分類されるべきひとだと思います。少なくとも、僕の中ではヒーローです。

ここで紹介したのは、村内先生の物語のほんの一部です。

少しでも気になった方は、ぜひ書店でお買い求めください。村内先生ワールドにどっぷり浸かることができますよ。

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