弁護士コラム

大阪泉南アスベスト国賠訴訟、高裁にて逆転敗訴

弁護士 岡 正人

この話題については、新聞報道等で大きく取り上げられたため、ご存じの方も多くいらっしゃると思います。判決当日の法廷に、弁護団の一員として在廷した立場から、簡単に報告します。離婚や債務整理などの日常の弁護士業務から少し離れた事件として、こんな事件にも関わっているんだと思って頂ければ幸いです。



  1. 耳を疑う不当判決

    2011年8月25日、大阪高裁第14民事部(裁判長三浦潤,右陪席大西忠重,左陪席井上博喜)は、大阪府泉南地域のアスベスト被害について国の責任を認めた大阪地裁判決を取り消し、原告の請求を全て棄却する判決を言い渡しました。


    1審被告の控訴に基づき、原判決中1審被告の敗訴部分をいずれも取り消す。
    1審原告らの請求のうち、上記取消しに係る部分の請求をいずれも棄却する。

    判決の言渡し中、弁護団ですら一瞬何が起こったのかわからず、法廷が静まりかえりました。わずか2行の判決を言い渡して、立ち去ろうとした裁判所に対して、芝原弁護団長の「どういうことですか!不当判決やないですか!」という一声でやっと事態が把握できました。

    この声で敗訴判決を悟った原告らからの「裁判長、待って下さい!」、「私たちを見捨てるのですか!」と悲痛な叫びで、法廷は荒れました。法廷の外でも数百人の支援者が待っており、悲痛な顔で出てきた奥村昌裕弁護士から示された「不当判決」の旗によって、勝訴の旗が出されることを疑わなかった支援者らにざわめきと戸惑いが広がりました。


  2. 地裁での劇的勝訴と控訴断念の闘い

    大阪泉南アスベスト国賠訴訟は、アスベスト被害について国の責任を問う初の裁判として、2006年に提訴されました。第1陣の被害者26名、2陣の被害者33名、合計59名の原告団で闘ってきました。

    泉南地域は古くから紡織産業が盛んであったため、紡織産業が衰退した後、零細な石綿紡織工場が集中的に立地するようになった地域で、石綿紡織産業は戦前から100年の歴史をもっていました。そこで働く労働者たちは、石綿が危険だとは全く知らされず、前も見えないほどの激甚な石綿粉じんの工場で、何十年も働いてきました。また労働者の家族や工場近隣住民も、石綿粉じんが危険だとは思いもせず、工場から家族が持ち帰った粉じん、工場の窓から排出される粉じんを、毎日浴び続けました。その結果、数十年の潜伏期間を経て、石綿肺や,肺がん,中皮腫などの石綿関連疾患にかかり、健康を奪われ、命を奪われてきました。

    石綿が深刻な健康被害を発生させることを、国は戦前から自らの調査において知っていたにもかかわらず、石綿が有用であっただけでなく、他の代替製品に比べて極めて安価で戦後の経済成長に必須であったために調査結果を世に出さず危険性に関する情報を隠し続け、技術があったにも関わらず工場での粉じん発生防止対策の規制を行ってきませんでした。産業を優先し、石綿被害者らの健康と命をその引き替えにしてきたのです。

    第1陣訴訟については、2010年5月19日、大阪地裁23民事部(小西義博裁判長)において、「経済的負担を理由に、労働者の健康や生命をないがしろにすべきではない」として、国の不作為責任を初めて認め、しかも国に全損害に対する責任を認める画期的な判決が下されました(近隣被害者は棄却された)。

    その後の東京での早期解決、控訴断念の闘いでは、主務官庁である長妻厚労大臣に「控訴を断念したい」と言わせるまで国を追い詰めましたが、結局、退陣を目前にした当時の鳩山首相が、国家戦略担当大臣であった仙谷氏に最終判断を丸投げし、仙谷氏が「控訴審で裁判所に入ってもらっての早期解決もある」というコメントを残して控訴を決めました。これに対して原告団も全員控訴し、舞台が大阪高裁に移ることになりました。


  3. 大阪泉南アスベスト国賠訴訟、高裁にて逆転敗訴
  4. 極めて不当な高裁判決

    こうした中、下されたのが今回の高裁判決でした。

    この判決は、深刻なアスベスト被害を認定する一方、「工業製品の製造加工では新たな化学物質の生成、排出を避けることは不可能で、それらの弊害が懸念されるからといって、工業製品の製造、加工を直ちに禁止したり、厳格な許可制の下でなければを認めないというのでは、工業技術の発達及び産業社会の発展を著しく阻害する」、ひいては「労働者の職場自体を奪うことにもなりかねない」としました。すなわち、この判決は、産業発展、経済発展と人の健康、命を天秤にかけ、その上で産業発展、経済発展の方を重視することを露骨に示しました。その一方で、被害を防止する術は防じんマスクの着用しかなかったとし、そのマスク着用が徹底されなかった原因は新聞報道等でアスベストの危険性を知り自己で身を守らなければならなかったはずの事業者や被害者にあるとして、責任を被害者に押しつけました。

    この高裁判決は、筑豊じん肺訴訟最高裁判決や関西水俣訴訟最高裁判決以降、被害者救済を重視し、国の規制権限を厳格にとらえて「できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく、適時かつ適切に行使されるべき」と、適時適切な規制権限の行使を要求してきた司法判断の流れに完全に逆行するものです。


  5. これからも続いていく石綿被害

    平成18年のクボタショックで始まった石綿禍は決して過去のものではありません。輸入された石綿は1000万トンに及び、先日の報道では石綿を原因とする代表的な病気である中皮腫による死者が95年には500人であったところ、毎年のように増加し、昨年には1209人もの人がこの病気で亡くなっています。専門家は死者数は今後も増え続けるとみています。


  6. 「国民の健康や命にどう向き合うか。そうした観点で石綿規制の裁判は重要だ。責任を認めない国に、司法は免罪符を与えてはならない。」(朝日新聞2011年9月8日の朝刊の社説)

    「じん肺や公害などの健康被害を巡る近年の訴訟では、国の不作為責任を認める司法判断の流れが続いてきたが、こうした流れと正反対の判断を示した」(毎日新聞2011年8月26日の朝刊)



    マスコミはこぞって高裁判決を批判する記事を掲載しました。今回の判決で、原告ばかりでなく、弁護団もショックを隠しきれませんでした。しかし、時間が経過するにつれ、少しずつ闘う元気を取り戻しています。

    今後、舞台は最高裁に移ります。厳しい闘いが続きますが、被害者救済のために微力なりとも努力し続けたいと考えています。

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