弁護士コラム

子どもが主役の児童養護施設を目指して

弁護士 土居 聡

1 今年の8月から9月にかけて、児童養護施設及び自立援助ホームに行ってきました。どの施設においても、泊まりがけでお手伝いをさせていただきました。

そのおかげで、児童養護にかかわる人たちと知り合いになれました。各施設長とも仲良くなりました。すごく頑張っている多数の職員の方々とも知り合いになれました。自分自身の仕事と比較して、子どもに対する仕事がこんなにもきついものだと思い知らされました。その結果、施設に関わる人たちに尊敬の念を抱きました。

その反面、残念だったことがあります。それは、(少数ではありますが、)子どもが悪いことをしたときにはその子どもに対して「戒め」(=廊下に立たせる、おやつをあげない、名前を壁に貼り出す、肩を押さえつけて体を揺さぶるなど。)が必要であるとの考え方が未だに存在することです。

2 タイガーマスク運動で知られる児童養護施設は,主に3種類の子を対象に養護しています。

①保護者のいない子
②虐待されている子
③その他、環境上養護が必要な子

の3種類の子です。

対象となる子どもを見てもらえればわかるとおり、施設に入所する子どもに悪い点はまったくありません。その子どもの保護者ないし家庭が悪いのです。

それなのに、子どもが悪さをしたときに「戒め」が必要なのでしょうか。それは虐待等で入所してきた子どもの心の傷をさらに深めてしまうことにつながらないのでしょうか。

また、時折、「戒め」ではなく、「しつけ」のためにやっているのだと言う人がいます。「しつけ」って何でしょう。身体的・精神的に辛い思いや恥ずかしい思いをさせることが「しつけ」なのでしょうか。


3 国語辞典によれば、「しつけ」とは、礼儀作法を正しく教えることを意味します。身体的・精神的に辛い思いや恥ずかしい思いをさせることは、礼儀作法を「正しく」教えているのでしょうか。やっている人は、その手段ないし方法が「正しい」と思っているのでしょうか。「正しい」と思う人がいるのであれば、それは間違っています。

このような「しつけ」(に名を借りた虐待)が必要だと考える思想の背後には、「子どもが言うことをきかないときに最終的に頼れるのは強制である」との考え方があるように思います。しかし、子どもが言うことをきかないときには何らかの原因があります。SOSを発しています。それを探ろうともせず、ただ単に自分の言うことをきかせようと強制するのは間違っています。それは、子どもを自分の支配下に置こうとする、一種の支配欲から生まれた考え方です。

あるいは、「自分は今になって思えば、あの時、親に厳しくしつけをしてもらったからこそ今があるんだ。だから、きっとこの子もそのうちわかってくれる。」と思って、「しつけ」(に名を借りた虐待)をする人もいるかもしれません。しかし、これも間違っています。これは、成長に伴って理解力が向上したからにほかなりません。成長すればだれでも、子どものころにしていた反抗が子どもっぽかったと思うものです。

4 大人に何かを強制されて大人になった子どもは、自分の子どもに対しても同じことをします(「虐待された子は、自分の子に対しても虐待をする。」と言われているのと同じです。)。虐待の世代間連鎖を生んでいるだけです。虐待を受けてきた子は、結局、言うことをきかない子に対処するそれ以外の方法を知らないから、同じ方法をとってしまうのです。

児童養護に関わる以上は、目の前にいる子どもだけでなく、その子どもの子ども、さらにそのまた子ども・・・の将来を背負っていることを忘れてはいけないのです。

5 ただし、勘違いして欲しくないのは、すべての職員がここで書いたような対応をしているわけではないということです。施設の職員の大半は、一日中、子どものために走り回っています。何をすれば子どもの自立につながるか、子どものために「あれもしたい、これもしたい。」と考えて悩んでいます。

私は、そのような職員をとても尊敬しています。

6 児童養護施設の目的は、子どもが家庭復帰した際に、頼りにできない両親のもとでも一人で生きていけるように自立させることにあります。現時点では、施設に入所している子どもの将来を担うのは施設しかありません。施設しか子どもを守れない(=自立させられない)のです。

また、児童養護施設は、入所してくる子どものための施設です。施設における主役が子どもであることは疑いようがありません。その上で、施設はもちろんのこと、社会全体で、

子ども虐待防止オレンジリボン運動

・「どうすれば子どもが主役の施設を作り上げられるか」
を考える時にきています。

7 なお、11月は、児童虐待防止月間です。市民のネットワークにより、児童虐待のない社会を目指しましょう!

 

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